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胆江日日新聞
pickup : 戦争は人を不幸にする 郷土史家の相沢さん 「金ケ崎空襲」体験談語る 爆弾の実物破片 手に 子どもらへ平和の尊さ(金ケ崎図書館)
投稿者 : tanko 投稿日時: 2017-08-11 09:48:06 (243 ヒット)

 金ケ崎町西根の郷土史研究家、相沢七郎右エ門さん(83)は10日、72年前に体験した金ケ崎空襲の戦禍を子どもらに語り掛け、今ある平和の尊さを伝えた。15人が参加し、町立金ケ崎図書館で開かれた「特別子どもおはなし会」。投下された爆弾の破片を手に、当時を振り返る相沢さんの話に聞き入った。

 同日からスタートした同館の企画展「平和っていいね」(30日まで開催)の一環。1945(昭和20)年8月、アメリカ軍艦載機グラマンによる金ケ崎空襲を経験した相沢さんを講師に招いた。
 空襲当時、相沢さんは南方国民学校の5年生だった。近くの高谷野原では飛行場の建設が始まっていた。学校は飛行場を造る兵隊さんが寄宿していたため、近くの法雲寺などを借りて勉強した。「そんな8月の9日、家の風呂小屋の屋根に上って空を見ていたら、アメリカのグラマン戦闘機が飛んできた。金ケ崎の上空で機首を少し下げたと思ったら、爆弾を何発も落とした。飛行場があるから狙われたんだと思った」と話し、手作りのグラマン戦闘機の模型を使って爆弾投下の様子を再現した。
 襲撃が収まると、相沢さんは飛行場の方へ行った。直径7ー8メートル、深さ2ー3メートルの穴が空いていて、大きな鉄の破片が飛び散っていたという。
 実物の破片を手にしながら、「その一つがこれ。持ってみると相当重たい。爆発するとこんなものが勢いよく飛んでいくので木も折れてしまうし、人も死んだ」と説明。子どもたちは破片に触れ、驚いた様子で重さや硬さなどを確かめた。
 「翌日の空襲と合わせ、2日間で5人の死者が出た。そのうち1人は5人の家族を持つお母さんだった。残された子どもたちを思うと、戦争はひどいものだと思う」
 絶対に勝つと言っていた戦争に負け、物がなく、はだしで学校に通い、地下足袋のゴム底を切って他人が使い終えたノートの字を消してから使った。「ある意味、一番みじめな思いをしたのは子どもかもしれない。今こうして皆さんが幸せに生きられるのは、本当に平和だからこそ。戦争は人を不幸にする」と語り掛けた。
写真=1945年8月の空襲で金ケ崎に落とされた爆弾の破片を見せ、体験談を語る相沢七郎右エ門さん(右)


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