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胆江日日新聞
pickup : 胆江空襲 幻の小山飛行場建設 体験者が語る 戦争の愚かさ 胆江地区平和のつどい 市民ら50人 不戦の誓い新たに(水沢)
投稿者 : tanko 投稿日時: 2018-08-26 09:36:58 (302 ヒット)

 胆江地区平和のつどいは25日、水沢大鐘町の水沢南地区センターで開かれた。戦時下、胆江地方であった空襲や幻の小山飛行場建設など戦争体験を語るパネルディスカッションが繰り広げられ、戦禍の記憶を心に刻み込み不戦の誓いを新たにした。

 同つどい実行委員会(宍戸春雄委員長)が主催。「旧日本陸軍小山飛行場と米軍胆江空襲の真相」をテーマに、▽加藤昭雄さん(岩手・戦争を記録する会事務局長)▽沢田公任さん(星が丘沢田医院院長)▽宍戸春雄さん(胆江民教研代表)ーーの3人がパネリストとして登壇した。
 つどいには市民ら約50人が出席した。実行委の岩崎郁朗胆江労連議長は「ここ数年、戦時中のような雰囲気が漂いつつある。歴史の傍観者としてではなく、つどいを通じて運動につなげていけたら」とあいさつした。
 戦史を研究する加藤さんは、県内の中等学校や専門学校から約1800人が本土決戦に備えて学徒動員され、小山飛行場の建設が秘密裏に進められていたと解説。敵機に把握されないよう、上空から見ると田畑や木に見えるように擬装され、小屋や木は車輪で移動できるようにされていたという。
 沢田さんは1945(昭和20)年4月10日から同飛行場に勤労動員され、滑走路建設に従事。衣食住の環境は劣悪で、病に侵されながらも働いたという。戦後も食糧難に苦しみ、猛勉強の末、医師になった沢田さん。孫子の言葉を引用し「戦争とは人類が全滅するかどうか。この言葉こそが本質を捉えていると感じる」とまとめた。
 宍戸さんは、地元住民の視点から飛行場建設を振り返った。村会議員だった父にも飛行場建設が知らされた記憶はなく、学徒動員や軍人ら数千人がいきなりやって来たという。軍人や学徒との思い出を振り返りながら、空襲に遭ったエピソードなどを紹介。「飛行場建設の裏には、目に見えず話題にも上らない犠牲があった。飛行場の存在が『戦争はいけない』と思わせた」と語気を強めた。
 開会前には、ハンドベル同好会レインボーが「長崎の鐘」などを演奏し、出席者たちが今ある平和の尊さをかみ締めた。
写真=戦争体験を語るパネリストたち


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