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胆江日日新聞
pickup : 日露海戦日記 見つかる 研究者「第一級の史料」(江刺米里・人首文庫)
投稿者 : tanko 投稿日時: 2020-03-25 09:41:03 (281 ヒット)

 江刺米里の私設文学館「人首文庫」(佐伯研二館主)で、日露戦争(1904ー1905)海戦の内容を詳細につづった日記のコピーが見つかった。筆者は米里在住だった菅野慶太郎氏(1876ー1947)で、戦艦「朝日」に乗りロシア・バルチック艦隊との海戦に臨んだ。日記には当時の軍事機密などが数多く記されており、平和ミュージアム旧日本陸海軍博物館=江刺岩谷堂=主任研究員の小玉克幸氏は「新発見の第一級戦史資料。内容の質、量ともにすごい。よくぞ残してくれたと感謝したい」と評価する。

 発見されたのは、慶太郎氏の息子・茂氏(故人)が所持していた原本を、茂氏の友人であった佐伯館主の父・公郎氏が昭和60年前後にコピーしたものという。131枚で、ノート262ページ分に相当する。
 小玉氏によると、江刺梁川に生まれた慶太郎氏は志願して1896(明治29)年に、横須賀海兵団に入団。訓練を受けて軍艦での衛兵になったという。
 日記は入団した8月1日から1905(同38)年までのもので、大海戦で名高い日露戦争における日本海軍の動きが詳細に記されていた。小玉氏は「これまで知られていない当時の重大な軍事機密にまで触れる内容。主観を抑え、事実を中心に細かく記録している点が素晴らしい」と説明する。
 日記を記したノート本体にも着目。海軍が「朝日」乗組員に配布するため、軍艦を製造したイギリスに特注で作らせたものだといい、「このノートを所持していること自体、朝日の導入時の乗組員であることの証拠。ただし、各ページにびっしりと小さな筆文字で文を記しており、元となる日誌からノートに清書したものと思われる」と小玉氏は分析する。
 慶太郎氏のひ孫の宏氏は「日記の存在を知らなかったので、非常に驚いている。曽祖父が海兵だったとは聞いていたが、どのようなことをしていたか全く知らないので、小玉さんが解読してくれるのは本当にありがたい」と感謝する。
 コピーは佐伯館主からえさし郷土文化館(相原康二館長)に寄贈。同文化館課長補佐の野坂晃平氏は「近代史にとっても、地域の歴史にとっても大発見。従軍した人しか知りえない日露戦争の実態が本文にちりばめられており、興味深い」と話す。
 小玉氏は「地元から出征した人が、どのような戦争を体験したか、あらためて知る上で良い資料。研究の機会を与えていただいた遺族の方、人首文庫、えさし郷土文化館に感謝したい。当時の日本および諸外国がどういう考えから軍事行動を起こし、対応をしたかも垣間見られる内容。今後も分析などに力を注いでいきたい」と話している。
 胆江日日新聞は、26日付から毎週木曜日付紙面で、小玉氏の注訳で同日記の内容を連載する。
写真上=日記のコピーを解読、分析する小玉克幸主任研究員(右)と野坂晃平課長補佐
写真下=日露戦争の海戦の様子を克明に記した日記のコピー


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