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胆江日日新聞
追悼 : 後藤 晨氏
投稿者 : tanko 投稿日時: 2022-06-17 (363 ヒット)

 後藤晨氏(旧水沢市長)が死去
 「政争のまち」のイメージから脱却し、「融和・調整・協調」の市政運営を進めた旧水沢市長の後藤晨(ごとう・あきら)氏が15日午後6時39分、心筋梗塞のため市内の病院で死去した。92歳だった。水沢出身。自宅は水沢佐倉河字竃石1。葬儀は19日午前11時から水沢佐倉河字東沖ノ目74の1、おうしゅうホールで。喪主は長男信行(のぶゆき)氏。
 旧制花巻中学校(現・県立花巻北高校)を卒業後、県職員に。県東京事務所長、県議会事務局長などを歴任。在職中の1978(昭和53)年5月から81年3月までは、金ケ崎町に出向し助役を務めた。
 87年に県職員退職後、県観光開発公社専務理事などに就いた。県住宅供給公社理事長在任中に小沢一郎氏、故・椎名素夫氏の両後援会などの後ろ盾を受け、92(平成4)年1月の旧水沢市長選に無所属で出馬。無投票で初当選した。小沢・椎名両派による政争が激しかった水沢地域だったが、後藤氏は「政争終結へと導く象徴的な存在」とされた。
 96年の市長選も無投票再選、2000年は共産党候補との一騎打ちを制し3選を果たした。
 任期中は市内の公園の管理担当課を一本化し、市内全域を市民やすらぎの場とする「全市公園化構想」を公約に掲げ、慶徳公園の整備、水沢公園再整備などを展開。市文化会館(Zホール)、水沢総合体育館(Zアリーナ)などの大型公共施設も在任中に落成した。環境条例制定や市国際交流協会の創設に尽力するなど、ハード、ソフト両面で特色を打ち出した。
 一方、財政改革や水沢病院の経営問題、近隣市町村との合併など山積する行政課題に、難しい対応を迫られた。04年の市長選出馬に関しては、「市町村合併に一定の道筋をつけるまで」としばらく明言を避けていた。
 03年に発足させた水沢、江刺、前沢、胆沢の4市町合併検討会議が、胆沢の途中離脱により宙に浮いた状態に。合併協議が不調に終わったことや年齢的な問題なども理由に、同年11月に勇退を表明した。
 JR東北本線で分断されていた水沢駅東西地域の往来を円滑にし、市街地活性化を図る「鉄道高架化事業」も提唱。しかし財政悪化により進展せず、市長退任後に市は事業継続を断念している。
 周囲からは、飾らず誰とでも気さくに接する「誠実、温厚な人」と評された。市長時代は昼休み時間に職員と囲碁に興じ、退任後も地域の囲碁大会に参加していた。

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